所在地   広島県福山市郷分町字奈良木山505
由 緒
   祭神 応神天皇 神功皇后 仲哀天皇
   例祭 旧暦八月十五日
 一、寛文元年 ( 1661年 ) 山手村八幡宮より御幣串を勧請し建立すると社伝がある 現存する棟札によれば寛文元年清水八幡宮御幣串 沼隈郡郷分村惣氏子中と記載されている
 二、宝永六年八月吉日奉勧請八幡宮詞宮三島美農守 沼隈郡郷分村惣氏子中
 三、安永五年十二月五日奉修理八幡宮本殿社頭安穏祈修 別当枩山寺法印俊康 沼隈郡郷分村惣氏子中
 四、天保従二年八月八日奉再建八幡宮本殿安全祈修 別当枩山寺 沼隈郡津之郷村 田辺寺法印戒忍 沼隈郡郷分村惣氏子中
 五、明治元年に神仏分離令がだされ 大正十四年八月吉日奉修繕八幡神社本殿社頭安全祈修 大正十四年十二月吉日奉再建八幡神社幣殿並拝殿安全祈修社掌貫井愛治 沼隈郡郷分村氏子中と記載されている
 六、当神社は、寛文年間に郷分村奈良木に勧請して以来 村の氏神として更に 明治年間に村社に指定されて崇敬されて来た 昭和二十七年九月二十六日主教法人法に基つき法人の適用を受け 村社八幡神社の名称であったが 昭和六十一年二月四日八幡神社に改称登記する
 七、昭和五十年九月、山陽自動車道建設計画の公表により、神社境内地がそのルートに係ることが確実となったため 止む無く大局観に立脚して 遷宮の諸問題に長期にわたって対処し、困難な幾多の解決策が講じられてきた
遷宮先を決定し、土取り工事等を推進する中で、昭和六十年九月十七日 山陽自動車道用地として境内地 千百平方米 山林二千八百四十八平方米の処分及び社伝移転について総代会の決議を経る
 八,平成二年五月十六日 都市計画法に基づき開発行為の許可を受け 郷分町字奈良木山 五〇五番地内に宅地造成して この地に遷座を確立する 平成三年一月十日 社殿手洗舎等建造物の建築に着工し 平成四年三月三十一日竣工する 茲に本殿社頭並に幣殿拝殿を目出度く再建落成して 氏子中慶賀奉る
平成四年四月吉日 郷分八幡神社

      境内の説明碑より

神社・仏閣
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郷分八幡神社

地 図

拝 殿  前には狛犬 
左下には神社の説明碑

広い駐車場
正面は拝殿

大鳥居からの参道階段

注連柱

一般車両は ここまで

狛 犬

注連柱からの大鳥居

県道378号線(芦田川堤防)からの神社(左中央部)、正面の高架橋は山陽自動車道

境内からの景色
(山陽自動車道)

本 殿

拝 殿

大鳥居

大鳥居前の木野山神社

手水舎

市道からの参道入り口