法重山 光福寺の由来
 鎌倉中期の草創といわれ、天台宗より浄土真宗に転宗した古刹であります。
 永い間に重なる災火に遣い、往時を忍ぶ面影はありません。
むかし青瀧山に有った桂の大樹をもって、他樹一切を混えない堂宇を建立し、「備後の桂堂一本木造り」と、その名は遠くまで知られ、信者の参詣が絶えなかったと伝えられています。
 今は「西東ゆかしき松の茂る寺」としてしられています。

      境内の説明書きより

神社・仏閣
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普通、松の木は二本か五本の葉っぱなんですが、高野山の三鈷の松の木には三鈷杵(さんこしょ)のように三つに分かれた葉っぱが落ちていて、お守りとして財布の中に入れて持っていると弘法大師のご利益を授かることができ幸せになれるとされています。
光福寺の松は「三鈷の松」の子孫かも?。

この枝には三本葉が幾つもありました

鐘楼前の松

この松は数十年の若い木。
普通の松葉は二本だが、この松の松葉は まれに三本葉が出るそうです

本堂前の鐘楼

本堂全景

光福寺本堂

光 福 寺

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地 図

所在地  広島県神石郡神石高原町時安3248-1

東西に長く伸びた松の木

 文暦元年(1234年)の草創といわれる700余年の歴史のあるお寺です。樹齢150年とも200年とも言われる全長約60mの大きな松があります。東西に長く伸びたその姿は、二尾の龍が東西より相寄る姿に似ており、また、中央の 真松の部分は善男善女の手を合わせた姿に 似ている事から、「合掌二龍の松」と呼ばれ、古くより近郷の銘松名木として親しまれています。

    神石高原町の施設案内より

南 天

入口にある松より樹齢が古いらしく、光福寺の住職さんは寺の宝物として大切にしていました

こんなに大きな(スマホと比較)南天の木は珍しい様です

町道からの境内入口