府中-清瀧神社(せいりゅうじんじゃ)

  所在地 広島県府中市鵜飼町203番地
創祀については不明であるが、天正19年(1591年)に有馬久左右衛門近貞が十輪院の山上高丸から現在地に遷座させたと口碑に伝えられている。備陽六郡志には当社の鐘の銘に「備後国芦田郡鵜飼村清瀧大明神鐘、願主有馬八郎兵衛近吉入道恵閑、延宝八庚申天九月吉日」と記されている。延宝八年は1680年だ。明治維新以後は地名により盛山神社と称したが、昭和4年に元の清瀧神社に復称している。祭神は瀬織津姫(セオリツヒメ)、罔象女神(ミズハノメノカミ)、大山祗神(オオヤマツミ)の三柱。瀬織津姫は塩川神社で紹介しているので参照して欲しい。罔象女神はカグツチを産んで火傷を負い苦しむイザナミの尿から産まれた女神とされ、水を操れる。オオヤマツミはコノハナサクヤヒメの父親で、伊予大三島大山祗神社に鎮座しているので有名だ。社殿であるが、平入り三間社入母屋造で桟瓦葺。拝殿の向拝は一軒の向唐破風で、なかなか迫力がある。境内には入母屋造の神楽殿も備えている。有馬氏とは何者だろうか・・・?境内には荒神社、天満神社、稲荷神社、厳島神社が鎮座しているが、これらは明治時代に、近所にあった神社を清瀧神社へ合併されたものと思う
   mixi 備後の歴史を歩くコミュの清瀧神社より
 市道沿いに清瀧神社の社号標と大鳥居
 清瀧神社の社号標
 

大鳥居

正面の奥は随神門
 大鳥居の右横に
  左・・・五穀神
  右・・・金刀比羅宮
 が鎮座
 大鳥居の左足下には
 百度石
 大鳥居を潜り左側に
 手水舎
 随神門
 随神門の全景
 随神様
 随神門からの参道入口
 随神門からの神楽殿
 神楽殿前の狛犬
 参道からの神楽殿
 神楽殿全景
  左  ・・・神楽殿
正面上・・・拝殿と本殿
 神楽殿には沢山の絵馬が奉納されています
左・・・拝殿側
右・・・神楽殿
 神楽殿側からの拝殿
 神楽殿からの拝殿
 拝殿前の狛犬
 
  拝殿入口の扁額

拝殿入口
 拝殿内
 拝殿からの神楽殿
 拝 殿
 本 殿
  府中市指定重要有形文化財−清瀧神社本殿
神社の創祀年代は詳らかではないが、往昔、鵜飼の里の産土神として十輪院の山上高丸に祀られ、天正十九年(一五九一年)有馬久左(右)衛門近貞が現在地に移転造営したと口碑に伝えられている。
本殿は桁行三間、梁間二間の入母屋造りで、福山藩領内に建てられた神社本殿の典型的な形式の造りである。棟札などは残っていないが、建築様式から17世紀中頃に建立されたとみられる。正面三間に内開きの蔀戸、右側面前方に片引板戸を設け、他の面は板壁とし三面に縁を廻らしている。内陣は18世紀前半頃、向拝は19世紀前半頃の増築であるが、本体は南宮神社本殿等と建築時期を同じくする市内では最古級の神社建築として貴重である。
  府中市ホームページより
 
 拝殿と本殿の全景





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