神 辺 城 跡

7−乾櫓跡から二之丸跡へ

史跡・名所
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 歴史資料館
 天別豊姫神社

12−下山途中見えた神辺歴史資料館

10−天然記念物・神辺城址のアベマキ

 神辺城は「道上ノ城」とも呼ばれ、元弘の乱(南北朝争乱)で戦功をあげた朝山景連が備後国守護職に任じられ、建武二年(1335年)築城したと伝えられています。以来神辺城は備後国の守護職の居城として使われ、仁木義長・細川頼春・高師康・上杉顕能・渋川義兼・山名時義が守護となり一時期を除いて山名氏の備後支配がつづきそれぞれ守護代が居城しています。

 戦国時代には杉原理興・平賀隆宗・杉原盛重・藤井皓玄・毛利元康が、江戸時代には福島正澄(丹波)・水野勝成が入城し、この間幾度も改築が行われ福島時代に完成をみています。

 元和五年(1619年)の水野氏が福山城築城の際には、神辺城の櫓桜や門などが取り壊され移築されたといわれてます。実に二百八十数年もの間、神辺城は備後国の中心的役割を果たしてきた城です。

    案内板より転記

13−下山終点付近

11−本丸跡

9−本丸跡への山道

8−二之丸跡

6−乾櫓跡

5−二番櫓跡から乾櫓跡への入り口

4−二番櫓跡への山道

3−三番櫓跡から登り口

2−三番櫓跡入り口

1−駐車場からの入り口